ロシア5人組のひとりとして知られる作曲家、ムソルグスキーの「展覧会の絵」という曲をご存知でしょうか。
フランス人のラベル(あのボレロを作曲した人)が、絢爛豪華なオーケストレーションにより編曲した曲のほうが有名かもしれませんが、もともとの原曲はピアノ曲です。
ムソルグスキーはもともと家柄も育ちもよく、何不自由なく育ってきたのですが、死ぬときは浮浪者同然の身なりと暮らしの中で、アル中で亡くなります。
この「展覧会の絵」という作品は、酒ばかり飲んだくれていたムソルグスキーが、唯一の友達であったガルトマンという画家の追悼展示会を見に行って、触発されて作曲した曲といわれています。5日間で書き上げたらしい。
ですから、その題名どおり、音楽のもとになった絵があるはずです。
しかし、残念ながらアルトマンの絵画は散在してしまっており、その所在も不明なものが多い。10曲からなるこの曲も、半分ぐらいしか絵の存在がわかっていません。
15年ぐらい前でしょうか、NHKスペシャルで團伊玖磨先生がロシアへ赴き、絵を発掘するというドキュメンタリー番組がありました。これが出色の出来で、取材成果をまとめた本も出版されたのですが、残念ながら絶版になっています。本は図書館でよく見かけます。VHSのビデオを持っているのですが、BOYTOPさんにDVDに焼いてもらいました。感謝。
この番組のなかで、いくつか新しい絵を見つけています。その後、これらの絵が本当にモチーフになっている絵と断定されたのかは分かりませんが、絵を見ながらこの音楽を聴いていると、確かにムソルグスキーが見たであろう絵だと思えてきます。

1.グノーム(こびと)
醜くい小さな妖精が、急に動き出したり立ち止まったり、隠れて見えなくなるとか、そういうのが実にうまく表現されています。

2.古城
夕方だと思われるような色調と、ななめからの日の光のさしこみ方が特徴的で、なんとも物悲しい、さびしい雰囲気が漂う曲です。

3.テュイルリー、遊びの後の子供たちの口げんか
パリの中心部ルーヴル宮の前にあるテュイルリー公園で遊ぶ子供たちの口げんかを描写しています。この絵も確定されていませんが、子供たちの口論する様子とそれを優しくたしなめる母親といった情景が浮かびます。

4.ビドロ
この曲も、絵が見つかっていません。
というのも、「牛車」を意味するポーランド語「ビドロ」というタイトルの絵は、ガルトマンの作品目録にも載っていないからです。
曲のイメージとしては、大きな荷車につながれた牛が、向こうのほうから車を引きながら、のそのそと近づいてきて、まただんだん遠ざかってゆくような感じです。
NHKの番組では、次のような仮説を立てており、それがとても興味深いです。
ポーランドの街角で誰かが処刑されるスケッチが残っている。本当はこの絵をもとにした曲なのだが、当局の弾圧を避けるために「牛車」と銘打った。ロシア語では「牛車」には「虐げられた人々」という意味があるそうで、じゅうぶんに説得力があります。つまり政治を批判した絵なんですね。

5.卵の殻をつけた雛の踊り
この絵はバレエ『トリルビ』のための衣装デザインとして描かれたものです。装飾音やトリルがふんだんに用いて、ひなどりの鳴き声と小刻みな動きを克明に描写した音楽になっています。

6.サムエル・ゴールデンベルグとシュムイレ
お金持ちのユダヤ人と貧しいユダヤ人が会話をしせたり、あるいはケンカをしたりする、その物語性がすばらしい曲です。

7.リモージュの市場
この絵も特定されていません。ムソルグスキーは楽譜の中に「女たちが喧嘩をしている。激しく激昂してつかみかからんばかりに」と書いています。小刻みな16分音符が絶え間なく奏され女たちのおしゃべりの様子が描かれています。

8.カタコンブ、ローマ時代の墓
変わった曲です。メロディらしいメロディもなく、リズムもありません。ただ重厚なハーモニーが響くのみ。この曲のもとになった絵は、3人の男が真っ暗な地下墓地を、カンテラをかざして歩き進んでいるところ。先頭は案内役の男、うしろの二人はガルトマンとムソルグスキーという設定らしい。

9.鶏の足の上に建つバーバ・ヤーガの小屋
屋根の形がロシア民話に出てくる魔女が住む森の家のよう。家の台としてニワトリの足がにょきっとついているのがなんともグロテスク。全体の作りはおおざっぱなんだけど、細かい模様が複雑で凝っており、まさにロシア的。

10.キエフの大門
ロシア正教の賛美歌のような四声体のコラールと鐘の音。この曲は基本的には長調でありながら、愛する親友への個人的なお別れの言葉と感傷でいっぱいのレクイエムなのです。

なお、音楽はどうも苦手という方には、手塚治虫先生のアニメがおすすめです。クラシック音楽とアニメーションが融合した傑作です。
http://www.hmv.co.jp/product/detail/1206283【参考URL】
ムソルグスキー:展覧会の絵(ラヴェル編曲)
http://www.asahi-net.or.jp/~wg6m-mykw/Library_Mussorgsky_Exhibition.htm組曲「展覧会の絵」の絵について
http://www.geocities.jp/tatsuyabanno/Bilderausstellung/Bilderausstellung.html【参考図書】
追跡ムソルグスキー「展覧会の絵」 1000円
團伊玖磨 日本放送出版協会 初版:1992.7.20 NHK取材班
今日のCD

★ムソルグスキー:展覧会の絵(ピアノ原曲)
キーシン(P)
磨き抜かれた音色、技術を使いつつピアノを弾いています。その的確な表現力と高度な音楽性は現代最高のピアニストのひとりと言ってさしつかえないでしょう。その色彩感は驚嘆に値します。
http://www.hmv.co.jp/product/detail/182280
ムソルグスキー:展覧会の絵
サイモン・ラトル(指)ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
ラトルの演奏はかなり客観性を保ったもので、オーケストラの響きも均整が保たれてはいるのですが、金管楽器の迫力に欠けると思います。
http://www.hmv.co.jp/product/detail/2650755
ムソルグスキー:展覧会の絵
シャルル・デュトワ(指)モントリオール
フランス的なかなりいかした音色とアンサンブルによって、ラヴェルのオーケストレーションの精密で華やかな効果を適度にいかし、音楽の多彩な魅力をひきたたせています。
http://www.hmv.co.jp/product/detail/1992969
ムソルグスキー:展覧会の絵
ワレリー・ゲルギエフ(指揮)ウィーンフィルハーモニー管弦楽団
洗練されたウィーンフィルも、ゲルギエフの指揮ではごっつい音に変化しているというか、ロシア的な音に聞こえます。その豪快さは、とても面白いと思います。
http://www.hmv.co.jp/product/detail/573221
★ムソルグスキー:展覧会の絵
シノーポリ(指)ニューヨーク・フィルハーモニック
シノーポリ独特の表現が楽しめます。《小人》や《古城》の異様に遅いテンポは、それだけで新しい世界が開けるような不思議な説得力があり、単なる奇異なアプローチとは一線を画しています。残念ながら廃盤のようです。
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